ファーバーカステルについての3
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ファーバー4代目のローターは、1851年に現在の鉛筆の常識となっている六角形デザインを発表し、この鉛筆の「長さ・太さ・硬度」が世界的基準となっていきました。
会社経営の他にも様々な社会貢献をしていたローターの功績によりファーバー家は男爵家となり、彼は王室顧問にも任命されましたが、まだ彼の代では男爵止まりでした。
ファーバー家が伯爵家となるのは、6代目の時代です。
ローターの息子である5代目のヴェルヘルムは早くに逝去しており、そのため孫娘であるオッテリー・フォン・ファーバーがファーバー家の後継者に指定されていました。
1898年にオッテリーは、アレグザンダー・ツ・カステル・リューデンハウゼン伯爵と結婚しました。
両家はバイエルン王国の承認の元で合併し、ファーバーカステル伯爵家となり、そしてファーバーカステルという会社名が誕生したのです。
うがった見方かもしれませんが、ある意味「成り上がり」でありながら経済力のある男爵家と、古い家柄である伯爵家の両家にとって、双方に利益のある結びつきだったのでしょうね。
1900年にはアレグザンダーが正式に6代目のファーバーカステル社の経営者となり、彼の元で会社も色々な新製品や施策を打ち出し、大きく発展していきます。
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この記事は2010年12月初掲 名入れボールペンの【ペン工房キリタ】