ボールペンの歴史の5
戦後に始まった国産ボールペンの製造は、国内メーカー各社が競い合う中で大きく発展してきました。
戦後しばらくは、本体ボディーに金属を使った製品のみで、樹脂製があるとしてもセルロイドなどの丸棒からの削り出しで、自然と高級品扱いでした。
それが、本体がプラスチック成形の製品が出回るようになると一気に低価格化し、やがて100円が樹脂製の標準的な価格になると、小中学生の間にも広まっていきました。
ここからはしばし点描風に当時流行った製品をいくつかあげていきたいと思います。
1967年(昭和42年)ゼブラが透明で多角形のプラスチックを本体軸に使ってインクの残量が分かるボールペンを発売。テレビCMで「見えーる見えーる」のコピーが話題に。
1969年(昭和44年)三菱鉛筆が黒さに際だつボールペンとして純黒ボールペンを発売。「まっくろけのけ!」と言うテレビCMで話題に。
1975年(昭和50年)三菱鉛筆が四角い本体軸のノック式ボールペン「BOXY」を発売。サイドのボタンでノックを戻すと、頭部のノックボタンが勢いよく戻る構造で、スーパーカー消しゴムを弾いてレースをする遊びが大流行。
1978年(昭和53年)オートが鉛筆型ボールペンに初めてゴムグリッパーをつけて発売。(これはキリタも当時下請けとして作っていました。)
そして低価格化が行き着くと、今度は色々なアイデアボールペンの開発競争時代に入っていきます。
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この記事は2011年2月初掲 名入れボールペンの【ペン工房キリタ】