ペリカンの歴史、その12

ペリカンの歴史、その12>

長く続いたペリカンについての連載もいよいよ最後になってきました。

1978年に株式へ移行したことは先述の通りですが、その頃のペリカンの事業はインク、筆記具の他にプリンターやプロジェクター、ホビーやゲーム用品から化粧品までかなり多岐にわたっていたようです。

そして1982年から1984年にかけて株式と事業部の多くが分割売却され、1986年からはスイスに本部を置くペリカンホールディングがグループ会社の株式を管理するようになります。

1996年にはマレーシアのGOODACE SDN BHDと言う会社がホールディングの最大株主となり、ペリカンはマレーシアの会社になります。

筆記具部門は依然としてドイツのハノーバーにあり、グループ各社の株はスイスのホールディングが管理し、ホールディングの株はマレーシアの会社が持つという分かりにくい構図になったわけです。(合ってる?)

本体には紆余曲折もあったようですが、筆記具オフィス部門のペリカンとしては、2003年にハノーバーに新社屋も建て、2009年には糊ブランドとしてペリフィックスを作るなど、精力的に活動を続けています。

pelikanbuilding

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