リスペクトするペンメーカーの歴史シリーズ
パーカー(イギリス)
アメリカの老舗にして世界最大の万年筆メーカー、パーカーの歴史を綴ってみました。
世界の筆記具メーカーシリーズで、今回はパーカーを取り上げます。
パーカーと言えば矢の形をモチーフにしたクリップをつけた、クロスと並んでアメリカを代表する、そして世界でもトップの筆記具メーカーですね。(現在はアメリカの会社ではありませんが。)
アメリカ人はパーカーの万年筆が大好きで、歴史的な調印が行われる時などにはかなり頻繁にパーカーが登場します。
よく知られている所では、太平洋戦争終結にミズーリ号の甲板上で交わされた調印の際、マッカーサー元帥はパーカーの「デュオフォールドオレンジ」を使って署名しています。
また1992年には、アメリカとロシアの間で締結された戦略兵器削減条約調印の際に、ブッシュとエリツィンの両大統領が「デュオフォールドオレンジ」を使用し、「平和のためのペン」と呼ばれたとか。
そんなパーカー社が創立したのは1888年、アメリカウィスコンシン州のジェーンズヴィル。創業者は、ジョージ・サフォード・パーカーです。
ジョージ・サフォード・パーカーは元々電信技師で、電信についての教師をしていました。
彼は収入を上げるための副業として、ジョン・ホランド・ペン・カンパニーという筆記具問屋のセールスとして、自分の生徒などに万年筆を販売していました。
そして自分に近い人達に販売していましたから、当然修理などの要望もあり、万年筆の扱いに精通するようになっていきました。
そして徐々に、その当時の万年筆の問題点であるインク漏れを改良した万年筆を、自分の手で作り上げたいと思うようになり、1888年に会社を設立、翌1889年には最初の万年筆の販売を開始しました。
そして1894年、パーカーが創業時から目指していたインク漏れを軽減する仕組み「ラッキー・カーブ・インク供給システム」を開発します。
これは、ペンを直立させた時に毛細管現象を利用してインクをインクタンクの中へ流し込む仕組みで、パーカー製の万年筆に組み込まれ販売されました。
パーカーのサイトでは、カーブした金属のような物がペンに組み込まれている写真が掲載されています。(実際にどんな感じで機能するかは、正直その写真からは想像しにくいのですが。)
パーカーはその後もペンの内側の形状を工夫するなどしてインク漏れをさらに改善して行きました。
私が見つけた英語の記事によると1898年に「スリップオンペンキャップ」を開発。翌年にはインクが漏れない継ぎ目無しの本体軸を開発した、などの記述があります。
1905年、これらの仕組みを取り入れた「ブラックジャイアント」を発売。これはデュオフォールドの前身に当たります。
さらにその記事によると、第一次大戦中には、アメリカ戦争省(war department)が、塹壕用のペンとしてパーカーと契約したと言う記述があります。
ペン本体の中に黒のペレットを入れておくと吸い込んだ水が着色され、インク代わりに使えるため、兵士が塹壕の中で使ったとあります。
ペレットを辞書で引くと1)紙・ろう・餌などを丸めた小球、2)小弾丸、3)丸薬、4)吐瀉物、とあります。この場合は小弾丸でしょうか。よくわかりませんが、面白い話ですね。
1910年代にはパーカーの2人の息子、ラッセルとケネスも会社に加わります。塹壕ペンのおかげもあり戦争中でも売上げを落とすことなく社業は発展していきます。
戦後間もない1921年、今も販売されていてパーカーの代名詞ともなっている「デュオフォールド」を発売します。
それまでの黒基調から一転し鮮やかなオレンジ色のボディーは「ビッグレッド」と呼ばれ、7ドルという当時で最も高価な値付けにもかかわらず大ヒット商品となりました。
パーカーは「デュオフォールド」を25年保証とし、同型の鉛筆も発売するなど製品を充実させると共に、販売にも力を入れていきます。
世界各地に販売店を開拓しつつ、1918年にはジェーンズヴィルに本社工場を建設。さらに1923年にはカナダに製造子会社を設立、その翌年にはロンドンに販売会社を設立し、ヨーロッパ各国への営業を強化していきます。
また1926年には、それまでの硬質ゴムからセルロイドに素材を変更し、同時にグリーン、イエロー、ブルーなどの本体カラーも発売します。
1929年に大恐慌が起こると、他の多くの会社のペンは値下げをせざるを得ない状況に追い込まれました。
苦しい時期でしたが、ブランドを確立したいと考えていたパーカーは「デュオフォールド」の価格を下げず、代わりに低価格のペンを学校用として広告費をかけずに販売するなどしてこの時期を乗り切ります。
1933年パーカーの息子であるラッセルが死亡し、その4年後には創業者のジョージパーカーも他界します。会社はパーカーの次男であるケネスにたくされます。
創業者を失ったパーカー社ですが会社自体は繁栄を続け、大恐慌の落ち着いた1933年に、今までの2倍のインクを吸い込むインク吸入器を開発。
同年からアーティストのジョセフ・プラットがデザインしたアロークリップも取り付けられ、「デュオフォールド」は再び勢いを取り戻します。
1939年「パーカー51」を発売。大きくいかつい感じの「デュオフォールド」に対して、より洗練されたデザインの「51」は大ヒットを記録します。
1954年パーカー初のボールペン「ジョッター」の発売。現在も製造中のとても息の長い製品で、累計7億5千万本の販売実績だそうです。。
パーカーが採用したボールペンの中芯はインクタンクの容量が大きく、同規格のレフィールを採用する他社メーカーも次々現れます。
万年筆メーカーとして創業したパーカーですが、ボールペンの世界でも大きな成功を収め、パーカーの中芯は今やデファクトスタンダードとして世界中で普及しています。
その後も新製品は定期的に発売されますが、今回はそれらは割愛し、パーカー社の変遷について書いていきます。
1960年、創業者のジョージの息子であるケネス・パーカーが引退し、経営陣から創業者の一族がいなくなります。
1962年、イギリスで皇室御用達ペンとして認可されます。ヨーロッパ本部がロンドンに置かれていることもあり、イギリスでのパーカーの知名度は特に大きくなっていき、ケネスの引退とも絡み、そればパーカーの運命にも影響を及ぼすことになります。
1987年、イギリス資本が入ったことで本部をイングランドのイーストサセックス州にあるニューヘイブンに移転。
この時からパーカーはイギリスの会社となり、年配の方はパーカーを米国の会社だと思っていて、比較的若い人はパーカーを英国の会社だと思っているという不思議な現象の始まりとなります。
2002年には、エリザベス女王の在位50周年記念として、記念の文字が彫り込まれた23金メッキ仕様の特別製のデュオフォールドとソネットも限定発売されています。
1993年、パーカーは、 プロクター・アンド・ギャンブル社の傘下で、既にペーパーメイトなどを所有していたジレット社に買収されます。
プロクター・アンド・ギャンブルは洗剤などを扱う所謂「P&G」、ジレットはもちろんカミソリのメーカーですね。ごく一時期とはいえ、パーカーはカミソリメーカーの子会社だったんですね。
さらに2000年、アメリカのシカゴに本拠を置くニューウェル・ラバーメイド・グループのオフィス用具部門であるサンフォード社が、ジレット社の文具部門を買収したことにより、パーカーはサンフォードの傘下になります。
サンフォードは現在、世界最大の筆記具ブランドグループで、その傘下にはパーカー、ペーパーメイト(事務用ボールペン)の他に、ウォーターマン(高級筆記具)、ロットリング(製図用筆記具)、リキッドペーパー(修正液)などを所有しています。
2009年、創業の地である米国ウィスコンシン州のジェーンズヴィルの残っていた施設と、イギリスの工場が閉鎖され、生産拠点がフランスとなります。
つまり現在は、パーカーの製品は主にフランス製品と言う事になります。(と言っても、最近の他の大手筆記具会社と同様に、パーカーも世界の各地、特に中国などでも生産をしていますが。)
先週までで、パーカーの歴史については大方述べてきましたので、今週は、現在発売されているモデルの中から代表的な製品を紹介していきたいと思います。
パーカーのフラッグシップにして、万年筆・筆記具ファンなら1本は持っておきたいパーカーの代名詞がデュオフォールドです。
この連載でも何度も取り上げられたとおりその歴史は古く、パーカーがまだアロークリップを使っていなかった1921年に遡ります。
一貫してパーカーの顔であり続け、現在では色々な限定バージョンや、日本の蒔絵を含むもの凄い種類のバリエーションが出ています。
デュオフォールドの万年筆が5万円以上するのに対し、もう少し手ごろな価格で買えるパーカーのもう一つの代表ペンがソネットです。
1万円位から3万円位の価格で、たぶんパーカーの中では最も売れ筋のモデルで、こちらも相当数のバリエーションがあります。
その他1万円から5千円で買える製品として、キャップと本体の切れ目が斜め切りになっているのが特徴のファセットや、ひょうたんのようなボディラインが特徴のアーバン等があります。
日本に上陸してきている欧米のペンメーカーのほとんどは高価格帯専門のメーカーですが、その中でもパーカーはめずらしく、5万円の高級万年筆から千円の低価格ボールペンまでフルレンジで取り揃えている総合筆記具メーカーであることが1つの特徴となっています。
IMシリーズは、2千円で買えるボールペンから4千円ないし6千円で買える万年筆を揃えた中価格製品で、それに見合わぬ高級な雰囲気を持ったパーカー何年筆の入門版です。
ベクターは千円で買えるパーカーとして、一時期はセブンイレブンでも売っていた量産タイプのボールペン/ローラーボールで、一時期は本当に良く見かけました。
1954年に発売されたジョッターは、パーカー初のボールペンです。現在も製造・販売中で、価格的にも千円程度と安価なため、累計でもなんと7億本を越える販売実績だそうです。
パーカーのボールペンレフィルは、1つの形状でノック式にも回転式にも使える優れもので、世界のスタンダードになっています。
最近のパーカーはモデルチェンジが速く、かなりさまざまなペンが発売されて、数年のうちに消えていったりしています。
この稿で紹介した製品以外にも多くのペンがあるので、読者の中には他のパーカー製品を持っている方も多いのではないでしょうか。
最後に紹介するのは2011年に発売された「インジェニュイティ」です。これはパーカーが開発した全く新しいペン先「パーカー5th」を採用した初の製品となります。
5thの意味は万年筆、油性ボールペン、水性ボールペン、サインペン(マジック)に続く5番目のインク供給システムという意味で、全ての筆記具のいいとこ取りをした究極の書き味とのこと。
具体的には万年筆のような”しなり”が有り、油性ボールペンのような耐久性・耐光性・耐水性があり、水性ボールペンのように滑らかにインクが出るサインペンのようなペンらしいです。
大型店では試し書きもできるようなので、機会があれば試してみてください。(定価で2万円前後です。)
最後の最後に、パーカーが約80年前の1931年から販売している万年筆用のボトルインクである「クインク」を紹介します。
最近でこそ他の欧米メーカーのボトルインクも手軽に買えるようになりましたが、以前はインクのボトルと言えばクインクが定番で、何処に行っても目にするインクのボトルはクインクでした。
上の写真を見ていただければ、あぁこれかと見覚えのある方も多いと思います。
(おしまい)